「ゲノム編集食品」とは何か?文系でも分かるように解説

昨年12月、厚生労働省調査会は「ゲノム編集」の技術を使った食品の取り扱いに対する方針を発表しました。その内容は「新しい遺伝子を組み込んでいないものは規制しない」というもの。近い将来、規制対象にならないゲノム編集食品を、私たちも口にするようになるかもしれません。

とはいえ、食品の遺伝子をいじることに抵抗感のある方や、不安のある方もいらっしゃると思います。そこで、この記事では、「そもそもゲノム編集とは何か?」「規制の対象となるもの・対象外となるものの違いは?」といった、ゲノム編集食品にまつわる疑問を解説してみたいと思います。

遺伝子をいじるのは、効率的な品種改良のため

そもそも、食品にゲノム編集を行う理由はどこにあるのでしょうか。まずは、その理由について説明します。

小麦やコメなどの作物や、牛や豚などの家畜では、昔から「品種改良」が行われています。
品種改良とは、食品の質を良くしたり、より育てやすい品種を作ったりするために、人の手で交配(オスとメスから子孫を作ること)をして、新しい品種を作ることです。

わたしたちがスーパーなどで目にする野菜や肉の多くは、長年の品種改良によってうみだされた品種だといえます。

ただし、人の手で交配させる方法は、時間がかかるかつ、運任せです。もっと効率的に、狙った性質を持つ品種を作ることができれば、よりスピーディーに食品の質を高めていけます。

こうして考案されたのが、「遺伝子をいじる」という方法です。

「ゲノム編集」は「遺伝子組み換え」より狙い通りにいじれる

品種改良によって作物や家畜の性質が変わるのは、「遺伝子が変化したから」です。遺伝子は、動植物のさまざまな性質を決めています。

生物学の研究技術の発達にともない、さまざまな動植物が持っている遺伝子の情報(ゲノム情報)が明らかになってきました。そうして、動植物の持っている性質(たとえば、寒い環境でもよく育つ)と、その性質を決めている遺伝子の関係性がわかってきました。

また同時に、動植物の細胞から遺伝子を取り出したり、別の細胞に入れたりする技術も発達しました。このような背景から、コメ品種Aの「寒さに強い遺伝子」を取り出し、味は良いけど寒さに強くないコメ品種Bに入れ込むようなことが可能となりました。

このようにして、1980年代ごろから、食品の遺伝子をいじる品種改良が始まりました。そして「遺伝子組み換え食品」が生まれました。

しかし、遺伝子組み換えの技術は、”遺伝子を入れ込む位置”を狙って決めることができませんでした。このことは、目的とはことなる性質も同時に生まれてしまう可能性につながりました。従来の品種改良よりは効率が良かったものの、目的の性質だけを入れ込むには時間がかかり、消費者の心配も発生するということで、遺伝子組み換え食品に対する消費者の態度は、賛否両論でした。

そのような中、2012年ごろより、遺伝子をいじる新しい技術「ゲノム編集」が誕生しました。ゲノム編集は、狙った位置に遺伝子を入れ込んだり、狙った遺伝子をなくしたりすることができ、遺伝子組み換えよりも、目的通りに遺伝子をコントロールすることができます。

現時点(2019年2月)までに、ゲノム編集を使って食品を改良する研究は、世界中で数多く行われています。これから問題となるのは、研究室レベルで作られている「ゲノム編集食品」が一般に流通するのかどうか?ということです。

ゲノム編集は新しい技術であり、まだ世界での統一見解がないため、これから規制や法律が定められていくことになります。その第一歩として、厚生労働省調査会の方針発表がありました。その内容が、「ゲノム編集の中でも、新しい遺伝子を組み込んでいない場合は規制しない」ということでした。これはどういう意味でしょうか。例を挙げながら説明します。

規制される場合と、規制されない場合のちがい

お酒づくりに使われる「酵母菌」をゲノム編集する例をもとに、規制になる場合・ならない場合のちがいを説明したいと思います。

パターン1:尿素をつくらないワイン酵母をつくる

ワインをつくるときには、ブドウに酵母をつけてアルコール発酵させます。このとき、酵母はブドウに含まれる成分から数百種類の成分を作り、これがワインの複雑な味わいに関わっています。

酵母がつくる成分の一つに「カルバミン酸エチル」という成分があります。カルバミン酸エチルは、人では問題があるかどうかは分かっていませんが、マウスに投与すると有害になることが分かっているため、なるべく含まれていないほうが良いと考えられている成分です。

カルバミン酸エチルは「尿素」という成分から作られます。そこで、ゲノム編集を使って、「尿素をつくる遺伝子」を壊し、尿素を作らないワイン酵母をうみだすことに成功しました。この「ゲノム編集酵母」から作ったワインには、カルバミン酸エチルが含まれず、より安心して飲むことができます。

さて、この場合のゲノム編集は、規制対象になるでしょうか?ならないでしょうか?

答えは【ならない】です。

理由は、このゲノム編集では、酵母自身の持っている「尿素を作る遺伝子」を壊した(なくした)のであり、酵母が持ってない遺伝子を外から入れているわけではないためです。

このような酵母から作った「ゲノム編集ワイン」であれば、規制の対象にはならないというわけです。

パターン2:ホップの香りを作るビール酵母をつくる

ビールをつくるときには、麦芽を酵母でアルコール発酵させたあとで、「ホップ」という植物を加えます。ホップはビールの香りを作る重要な植物ですが、この方法では、酵母のアルコール発酵とホップの添加という2つのプロセスが必要です。

このビール造りのプロセスを短縮するために、「酵母がホップの香りを作ってくれれば1プロセスで済む」と考え、ホップの香りを作れる酵母をつくるために、ゲノム編集を行いました。

具体的には、ホップの香り成分である「ゲラニオール」と「リノロール」の2種類の成分を作る遺伝子を、ゲノム編集で酵母に入れ込みました。この「ゲノム編集酵母」を使えば、ホップを加えなくても酵母がホップの香りをうみだしてくれ、ビール作りのプロセスを短縮することができます。

さて、この場合のゲノム編集は、規制対象になるでしょうか?ならないでしょうか?

答えは【なる】です。

理由は、このゲノム編集では、酵母自身の持っていない「ゲラニオールを作る遺伝子」と「リノロールを作る遺伝子」を入れ込んでいるからです。つまり、遺伝子を外から入れているのでアウトということです。

このような酵母から作った「ゲノム編集ビール」は、規制の対象となり、流通が難しそうです。

パターン3:余計な泡をつくらない清酒酵母をつくる

日本酒(清酒)は、米を分解したものから酵母がアルコール発酵を行うことで作られます。酵母がアルコール発酵を行うときには、タンクの上部に余計な泡を作ってしまうことがありました(泡あり酵母)。

そこで、泡をつくらない酵母(泡なし酵母)の品種を見つけたのですが、この酵母には予期しないいくつもの突然変異が入っていました。

そこで、泡あり酵母に入っている「泡を作る遺伝子」をゲノム編集で壊すことで、新しい泡なし酵母を作ることに成功しました。この「ゲノム編集酵母」を使えば、泡をとる作業を省略できるかつ、安定した品質を維持することができます。

さて、この場合のゲノム編集は、規制対象になるでしょうか?ならないでしょうか?

答えは【ならない】です。

理由は、このゲノム編集では、酵母自身の持っている「泡を作る遺伝子」を壊した(なくした)のであり、酵母が持ってない遺伝子を外から入れているわけではないためです。

このような酵母から作った「ゲノム編集日本酒」であれば、規制の対象にはならないというわけです。

記事のまとめ

「ゲノム編集」は、より効率的に、狙い通りに遺伝子をいじることができる技術です。「遺伝子組み換え」よりもコントロールが可能で、予期しないエラーが起こりにくいと言えます。

現在、ゲノム編集を使った「ゲノム編集食品」を市場に流通してもよいかどうかが問われています。厚生労働省調査会は「新しい遺伝子を組み込んでいないゲノム編集は規制しない」との見解を示しました。新しい遺伝子を組み込んでいないゲノム編集の例については、3つの例を挙げながら説明しました。

みなさんは、こうしたゲノム編集食品にどのような考えを持つでしょうか。ゲノム編集の技術は、たとえば「卵のアレルギー源となる遺伝子を壊して、卵アレルギーの人でも卵が食べられるようにする」などの、人に役立つ方向で使われる例も多いです。筆者としては、偏見や思い込みなどの感情論だけでなく、人にとっての有用性なども頭に入れたうえで利用価値を冷静に判断していける人が増えたらよいなという願いから、この記事を執筆させて頂きました。

ゲノム編集の3つの例については、酵母研究を行っている東京大学の大矢禎一教授にご協力いただきました。深く御礼申し上げます。

執筆:大嶋絵理奈

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