生理前の女性のヒステリーは、脳の変化のせいだった?

あなたの周りには、月経が近づくと人格が変わったかのように感情的になる女性がいないだろうか。月経前は、ホルモンバランスの変化が原因で、身体だけでなく、憂鬱になりやすい・イライラしやすいといった気分の変化が生じることがある。

月経前の気分変動は「月経前不快気分障害(PMDD)」と呼ばれており、実は、筆者も毎月訪れるPMDDに悩まされている。残念ながら、PMDDは、症状が出ない女性や、月経のない男性には理解が得られにくい。多くの場合「生理前の女は面倒くさい」と悪者にされて終わるだけである。

しかし、気分や感情を生み出しているのは、脳だ。生理前の気分の変化は、脳が関係しているのではないかと考えた。そこで、生理前の女性の脳について調べてみたところ、生理前の気分の変動に関係がありそうな研究を発見した。

この記事では、生理前の女性について少しでも理解を深めてもらうことを目的に、その内容を紹介することにした。生理前の気分の変化に悩んでいる本人、または身近にそういう女性がいる人にお読みいただきたい。

女性の脳は毎月変化している

PMDD症状は、朝起きた瞬間から予期できる。「あ、今日はイライラしやすい脳だな」と、生理的な感覚として自覚できる。いわば、”脳の設定”が書き換わっており、自分ではどうしようもない、というのが当事者の感想だ。こういう感覚のある日は、なるべく人に接さず、感情を動かしそうな情報を遮断し、単調に1日を過ごして無害な人間でいるように心がけている。

生理前の女性において、”脳の設定”はどのように書き換わるのだろうか。以下に、2つの仮説を紹介する。

仮説1:記憶を司る「海馬」の構造が変わる

1つめは、生理前の女性は、記憶にかかわる脳の領域である「海馬」の構造が変化するという説である。

女性は月経周期の約一ヶ月を通じて、女性ホルモンの量が変動する。具体的には「エストロゲン」と「プロゲステロン」という2種類の女性ホルモンの量が変動する。このうち、海馬の体積と関係するのは、エストロゲンである。

エストロゲンの量は、排卵直前(経血開始の14日前程度)にピークを迎え、排卵後(経血開始の12日前程度)に低下する。その後、再び上がってから、生理前(経血開始の数日前)に減少する。つまり、PMDDを発症する生理前は、エストロゲンの量が少ない状態である。

アメリカ・コーネル大学の研究者らが、月経周期と海馬の体積の関係を調べたところ、生理前(経血開始の数日前)より生理後(経血開始から10〜12日後)のほうが海馬の右前部分の灰白質(神経細胞の本体が集まっているところ)の体積が増えていることがわかった(*1)。

さらに、エストロゲンと海馬の白質(神経細胞の繊維が集まっているところ)の構造変化の関係を調べた別の研究(*2)では、エストロゲンの濃度と、白質の構造変化の指標である「FA値」という値が相関していることがわかった。

ラットを使った研究では、エストロゲンは、神経細胞同士のつながりを良くするのを助ける「BDNF」という物質を増やすことが分かっている。エストロゲンが、海馬を構成する神経細胞のつながりを変化させることが、海馬の構造の変化につながっていると考えられる。

このように、生理前の女性の脳では、記憶にかかわる海馬や、神経細胞のつながりが変化している可能性がある。海馬は、感情や快・不快を司る脳部位など、他の脳の部位とつながってわたしたちの行動に関係する。海馬の変化は、生理前の女性の感情的な行動にも関係しているかもしれない。

仮説2:不安にかかわる「GABA受容体」の機能が変わる

2つ目は、生理前の女性は、不安や憂うつな気分にかかわる「GABA受容体」の数が変化するという説である。

神経細胞同士が情報を伝え合うときには、「神経伝達物質」という物質が使われる。1つの神経細胞が神経伝達物質を分泌し、他の神経細胞がその物質を受け取ることで、神経細胞同士で情報をやりとりすることができるのだ。GABA受容体とは、その情報を受け取る”手”の一つであり、GABAという種類の神経伝達物質を受け取ることができる。

このGABA受容体の機能の変化は、不安障害や気分障害に関係すると言われている。実際、不安や憂うつ症状に対しては、GABA受容体の機能を調整する「ベンゾジアゼピン系」という種類の抗不安薬が処方される。

実は、このGABA受容体の機能の変化は、女性ホルモンであるプロゲステロンによっても引き起こされる可能性があるのだ。

GABA受容体は、5つの「サブユニット」というものが集まってできている。プロゲステロンと、プロゲステロンを材料にして作られる「神経ステロイド」という物質は、「α4サブユニット」「γ2サブユニット」という2種類のサブユニットが作られる量を変化させることが分かっている(*3)。

エストロゲンと同じように、プロゲステロンの量も生理周期に応じて変動する。プロゲステロンの量のピークは、経血開始の1週間前ごろであり、そこから量は低下していく。こうしたプロゲステロン量の変動によって、GABA受容体のサブユニットの量にも影響を与え、GABA受容体の機能を変化させている可能性があるのだ。

このように、生理前の女性の脳では、不安や憂うつにかかわるGABA受容体が変化している可能性がある。GABA受容体の変化は、生理前の女性が感情的になりやすいことに関係しているかもしれない。


PMDD発生のしくみはまだ研究途上であり、確実なことは言えない。ただし、なにがしかの脳の変化が起きている可能性は高そうだ。この記事を通じて「生理前の女性は、脳が変化しちゃってるから仕方ない(本人にはどうしようもない)」ことへの理解が深まることをささやかに願う。

執筆:大嶋絵理奈

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参考文献:
*1 Hippocampal structural changes across the menstrual cycle
*2 In-vivo Dynamics of the Human Hippocampus across the Menstrual Cycle
*3 GABA receptors, progesterone and premenstrual dysphoric disorder